相撲暴行事件

時津風部屋の亡くなった斉藤俊さんに暴行を加えた3人の兄弟子達はこういっていた。
「親方は絶対的な立場で、絶対に逆らえなかった」との証言した。
元時津部屋の3人が話したように、相撲部屋では師匠が絶対の存在である。
現在の時津風親方は「師匠は実の父親以上の存在。父親には逆らえるが、師匠に逆らうのには力士をやめる覚悟がいる」「3人は山本さんに暴行をさせられた被害者で、かわいそうでならない」実の父親以上の存在というのは、想像はできない世界なのだが、教祖的な立場なのだろうか・・・
元親方山本順一被告の指示で相手になったとした上で、「親方の目の前で手を抜けなかった」などと述べている。

ぶつかりげいこで行った「巻き」すぐに立ち上がると両腕を前に出し「片方で(相対する相手の)ひじ、片方から肩を持ちハンドルを回すようにひねります」と死の現場の状況を法廷で再現した。法廷は異例の光景に緊迫感が広がった。
親方の存在が絶対の存在である以上、担う責任も重大ではないだろうか。
実際に暴行の指示を否定している山本被告も、斉藤さんが瀕死の状態になるまでけいこをさせた責任は親方として免れないだろう。時津風事件は、他の師匠にとっても対岸の火事というわけにはいかない。
なんとも悲しいニュースである。
我が家のふとっちょの息子は、市内の相撲チャンピオンなのだが、相撲の道に入れたかったけれども、あのまますすまなくてよかったような気もします。相撲は強い息子なのですが、実は体が弱いのです。首のヘルニアになったことも、腰痛でヘルニアになったこともあります。こんなヨワタレ息子には相撲の道は通用しませんね。
おっと、そけいヘルニアの経験もあります。

Filed under: 相撲 — がんば 9:26:09

清原最後の瞬間

オリックス・清原和博内野手が1日の引退試合で23年間の現役生活にピリオドを打った。
清原和博選手はPL学園のころから応援してました。ちょうど私が代々木ゼミナールに通って模試をいつも受けていた頃です、私は桑田好きだったんだけど、友人は清原ファンでした。KKコンビで甲子園を沸かせ、ドラフトでは巨人に裏切られ涙したことを最近の事のように思い出します。その後、FA移籍で憧れの巨人にはいって・・・それからは晩年はケガと故障に悩まされ続けたんだよね~。球界の番長とニックネームもついたね~。
引退セレモニーではドラフト会議で桑田を指名した王監督・・・その王監督からセレモニーで花束を贈られ、握手を交わした清原の目には涙。私も眼に涙・・・
「運命的なものを感じた。『生まれ変わったら必ず同じチームでやろう』と言葉をもらったと話した。プロ生活は涙で始まり、涙で終わったが、その涙の意味は全く違う」と感慨深げに話していた。
プロフィール 清原和博選手は昭和42年生まれ PL学園高では甲子園に1年夏から5季連続で出場し、2度の優勝をはたす。ドラフト1位で西武入団。1年目に高卒新人として歴代最多の31本塁打を記録して、新人王獲得。
96年に巨人へFA移籍。2004年に通算2000安打を達成し、05年に戦力外となりオリックスへ移籍。その後は左ひざの手術やリハビリを経て今年8月に1軍復帰した。1メートル88、104キロ。

おすすめサイト⇒模試を受ける前に・・
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Filed under: 野球 — がんば 9:48:05